幸福の土台はどこで作られるのか──勉強より先に育てたいもの

中学受験が本当に幸福につながるのかを前回記事で考察しましたが、続編として、お勉強一辺倒ではなく育てたい能力が何かなといったことを追加で考えてみました。

前回の記事では、「中学受験は幸福に寄与するのか?」という問いを、エビデンスと社会構造の観点から整理しました。

結論はシンプルで、

中学受験は、幸福の必要条件でも十分条件でもない

というものでした。

では逆に、
幸福の土台になるものは、いつ・どこで育まれるのでしょうか。


幸福研究が一貫して示す3つの要素

心理学・幸福研究の分野では、文化圏を超えて繰り返し確認されている要素があります。

それが次の3つです。

  1. 自己決定感
    自分で選び、自分で決めているという感覚
  2. 有能感
    工夫すればできる、成長できるという感覚
  3. 関係性
    安心できる人間関係の中にいるという感覚

重要なのは、
これらが 幼少期〜児童期に強く形成されやすい という点です。


「やりたいこと」「好きなこと」は突然生まれない

大人になってからよく聞く言葉(自分自身もそうかもしれませんが)があります。

やりたいことがわからない
自分が何に向いているのかわからない

これは個人の能力不足ではなく、
探索する時間が足りなかった結果であることが少なくありません。

  • 触れる
  • 試す
  • 飽きる
  • 失敗する
  • また別のことをやってみる

この繰り返しの中でしか、「好き」や「関心」は育ちません。

うまく言葉にできませんが、釣りをしたり、農作業をしたり、スポーツをしたりした時のなんとも言えない動物的な幸福感 のようなものと高級料理を食べたり、動画やゲームなどをして得られる知的な幸福感とは異色であり、前者のような体験をたくさんしているのが大事なのではないか。。というのが私の仮説です。


勉強のやりすぎが奪うもの

勉強そのものが悪いわけではありません。
問題は、他を押しのけるほど過剰になることです。

  • 目標が常に「大人が決めた正解」
  • 評価軸が点数・偏差値のみ
  • (最悪なのは、)努力の理由が「怒られないため」「不安だから」、そこまで行かなくても「親の期待に応えたいから」

この状態が長く続くと、

  • 内発的動機(楽しい・知りたい)
  • 自分の感情への感度

が徐々に弱まります。

表面上は優秀でも、

「自分の心の声を聞けない大人」

になってしまうリスクがあります。

これは大人になってから修復しようとすると、 非常に時間がかかる、場合によっては困難だと思っています。


日本の教育制度と“早熟な子”の相性の悪さ

さらに、日本特有の特徴も踏まえておいた方が良いかもしれません。

年齢主義・同調圧力

日本は諸外国と比べて、

  • 年齢主義
  • 同調圧力
  • 男女格差 が以前として色濃く残っている印象があります。

つまり、努力して優秀になろうとしているのに、“若くして、みんなから逸脱した人"として認識されるリスクもあるということです。


「平均的(ほどほど)」な人のほうが、人生満足度・主観的幸福感は高い傾向がある

これは

  • 学力
  • IQ
  • 収入
  • 地位

いずれについても、逆U字型(またはU字型) の関係として観測されています。つまり、低すぎても選択肢が狭く、自己効力感が保てない、高すぎても孤立したり、プレッシャーを感じたり、普通の人生からズレたりして幸福になれず、平均が最も良いということです。

偏差値が高い世界で生きると、就職先などもハイレベルな人しかいない世界になり、一般的な人生から隔絶。一生熾烈な競争をしながら、どの世界にも上には上がいて絶望。。みたいなルートは存分にあり得ます。

主な知見としては、

  • IQが だいたい100〜120程度 までは
    → 人生満足度は上昇

  • それ以上になると
    → 横ばい、または低下

すると言われています。

理由として示されるのは:

  • 過剰な自己内省
  • 社会とのズレ
  • 意味への過剰な問い
  • 「わかってしまう」ことによる虚無感
  • 賢すぎると、世界をシンプルに楽しめなくなる

という、ちょっと皮肉な結果です。


それでも中学受験を選ぶなら

ここまで書くと、 中学受験を全面否定しているように見えるかもしれません。

そうではありません。

中学受験が機能する条件は明確です。

  • 本人が納得している
  • 他の選択肢が閉じられていない
  • 受験が人生の中心になっていない
  • 失敗しても人格が否定されない

この条件が揃えば、 中学受験は一つの「経験」に過ぎません。

中学・高校の環境が大事であることも事実なので、バランスの良い選択肢があればいいのですが、2極化しているために、受験戦争側に乗るしかないのかもしれません。。


幸福は「最短距離」では作れない

現代は、

  • 効率化
  • 最適化
  • 最短ルート

が強く求められる社会です。

しかし幸福は、 効率化しすぎると壊れやすくなる性質を持っています。

  • 早く進みすぎる
  • 無駄を削りすぎる
  • 回り道を許さない

こうした設計は、 人生の耐久性を下げます。


結論:子どものうちに育てたいもの

成績でも、 偏差値でも、 合格実績でもなく、

  • 自分で選ぶ力
  • 興味を持ち続ける力
  • 失敗から立ち直る力

これらが、 長期的な幸福の土台になります。

教育にお金と時間をかけるなら、

どれだけ上に行かせるか
ではなく
どれだけ“折れにくい人生”を用意できるか

を基準に考えてもいいのではないでしょうか。

その上で、重要なことは、**中庸(ちゅうよう)**という状態だと思っていて、これは平凡であることではないと解釈しています。

私の言葉で書くと、

一部は尖っていてもいい!けれど、人生全体を歪めないバランスの取れた状態

というくらいを、無理せず目指すということではないでしょうか。

どうやっても塾や周りの保護者の話を聞くと焦ってしまうこともありますが、親がこういった軸を持っておくことも重要かもしれませんね。