インター卒園式で突きつけられた『教育の矜持』:日本の教育について想いをはせる

プリスクールの卒業式で目にした、博士号のようなガウンと『最高の教育をした』という宣言。日本の教育機関にはない圧倒的な自信。「英語以上の資産」を振り返ります。

卒業シーズンですね〜袴を着ていたり、スーツ姿の家族を見かける機会が多くなったので、我が家も5年間通ったインターナショナル・プリスクールの卒業式についてブログを書きたくなりました。

そこで目にした光景と、園側から子供に贈られたメッセージは、日本の一般的な教育環境で育ってきた私にとって、心地よい衝撃と深い内省を迫るものだったな。。と思っています。

本稿では、英語力を始め、通わせてよかったなーと思うことをまとめてみたいと思います。(とはいえ、金額も金額ですし、園によって差もあるはずなので、全員に推奨するものではありません)

1. 「英語力」という目に見える成果

まずは、親として現実的な「投資対効果」の話から。 5年間の集大成として、子供2人通わせましたが、二人とも卒業時には英検3級に合格できるレベルまで引き上げてもらいました。特にリスニングの強さは圧倒的で、親の私たちが聞き取れないフレーズも自然に理解しています。(適当に親が英語使うと、LとRの発音が違う!と怒られます。笑)

しかし、得られたものはスコアだけではありません。「ハグ文化」の中で育まれた先生や友人との距離感は、単なるスクールを超えて「第二の家族」のような温かいコミュニティとなっていました。この心理的な安全性が、語学学習の土台になっていたのだと感じます。

2. AI時代にこそ光る「伝えたい」という熱量

これからのAI時代、どのようなスキルが必要とされるかは誰にも予測できません。しかし、この5年間で培われた 「プレゼンテーションの経験」と「自己表現への意欲」 は、間違いなく武器になると思っています。

「自分の考えを伝えたい!」「パフォーマンスを見てほしい!」という、溢れんばかりの意欲。 AIが正解を数秒で出してくれる時代だからこそ、人間に残されるのは「何を伝えたいか(Will)」という熱量です。人前で堂々と自分の考えを披露するあの感覚は、机上の学習では得られない一生モノの財産です。

ただ、下の子がそのように育ったので、直近の記憶ではそう思っていますが、上の子は引っ込み思案なところもあるので、教育の影響というより個性だったらすいません。(笑)

3. 日本の教育にはない「教育者の矜持」

最後に卒業式で最も印象的だったのは、卒業証書授与の儀式です。子どもたちは大学院の博士号授与式のようなマントと帽子を着用し、帽子のタッセル(房)を左から右へと動かす伝統的な儀式を行いました。(親は博士号持ってるけど、やったことないのに。。。)

そこで学校側から発せられたメッセージは、驚くほど力強いものでした。

「私たちは、君たちに最高の教育を与えた。私たちは君たちの成長に、揺るぎないプライドを持っている(We are pride of you)。だから君たちも、自分自身に自信を持って次の一歩(小学校へ)を踏み出しなさい」

日本の幼稚園から大学、あるいは大学院に至るまで、これほどまでに「私たちは最高の教育を提供した」と、教育者自身が胸を張って宣言する場所がどれほどあるでしょうか。誰も違和感なく、この挨拶が行われている環境を振り返ったときに、他の日本の幼稚園では得られない、見えない何かをきちんと子供が受け取ってくれているのではないか。。と親としては期待しています。

謙遜を美徳とする日本の環境も大切ですが、閉塞感の強い今の社会において、陽気で(時にテキトーな面もありますが笑)、広い世界を見せてくれる先生たちが、「自信」という根源的なパワーを授けてくれたこと。そのポジティブな影響に、改めて感謝しかありません。

最後に:次の一歩へ

小学校も私立やインターに進む同級生もたくさんいますが、我が家は二人とも公立小学校への進学です。今後も塾通いや受験など目まぐるしくイベントがやってくるのだと思いますが、見方を変えると子供と一緒に暮らす時間、もっといえば、一緒に出かけたり、遊んだりする時間があっという間に過ぎ去っているのだな。。と感慨深くなります。

共働きで、子供も習い事とかしていると時間も限られていますが、ゆっくり、ちゃんと向き合う時間を持ちたいな。。と思った今日この頃です。