最近、「NISA貧乏」という言葉が妙に頭に残っています。
NISAの非課税投資枠(年間最大360万円)をできるだけ早く埋めようとするあまり、外食を我慢し、旅行を削り、子供の習い事も後回しにする。将来の安心のために今を犠牲にしている状態のことです。
同じ時期に、イラン情勢の緊迫化のニュースが流れてきました。原油価格が上がり、市場が揺れ、「長期投資は大丈夫なのか」という声がSNSに溢れます。
この2つのトピックを眺めながら、ふと気づいたことがあります。
私たち子育て世代は、「未来のために現在を犠牲にすること」がいつの間にか美徳になっていないだろうか。
1. 「NISA貧乏」が可視化したもの
日本総合研究所のレポートで「NISA貧乏」が論点として取り上げられたとき、片山財務大臣が「ショック」とコメントしたのが話題になりました。
若者・子育て世代が将来の不安から投資を始めた結果、今の生活が苦しくなる。これは、制度設計の失敗というより、私たちの心理の問題だと思います。
問題の構造はシンプルです。
- 「老後が不安」→「今より貯蓄・投資を増やせ」という社会的プレッシャー
- SNSで他人の「入金力」「資産額」を見て、自分が足りていないように感じる比較不安
- NISAの「非課税枠を1日でも早く埋めることが合理的」という思い込み
これらが組み合わさって、「投資するために今を削る」行動が生まれます。
ただ、少し立ち止まって考えてみルト、老後に向けた最適化に成功した60歳の自分が、「あのとき子供と旅行に行けばよかった」と思うとしたら、それは本当に最適だったのでしょうか。
十分起こる可能性のある未来ですが、今の年齢でそれだけ先の自分が考えることを予想することも、それに共感することも非常に難しいのは事実です。
2. 地政学リスクが教えてくれること
イラン情勢、米中対立、AIによる雇用の変容、日本の財政問題……不安の「ネタ」は尽きません。
ただ、歴史を少し振り返ると、「不確実性のない時代」など存在したことがないことに気づきます。
1990年代はバブル崩壊と就職氷河期。2001年には9.11テロ。2008年はリーマンショック。2020年はコロナ禍。その都度、「これで世界が終わるかもしれない」という空気が流れました。
ところが、世界の株式市場は長期的には右肩上がりを続けました。個人の生活も、多くの人が子育てをし、老後を迎え、それなりに人生を全うしてきた。
PwC Japanの「2026年地政学リスク展望」でも指摘されているように、地政学リスクは「管理すべき定数」であって「回避すべき緊急事態」ではありません。
つまり、イラン情勢のニュースを見て投資戦略を変えたくなる気持ちはわかるけれど、それで「今日の夕食を楽しむ余裕」まで失うなら、何かがおかしい。
2020年のコロナ禍に「全部売ってしまおうか」と悩み、売却した後に相談された知人がいました。。しかし、今振り返ると、その後の上昇を取りこぼしていたのはもちろん、「淡々とやり過ごす」というのは長期の投資家として重要な経験だったなと感じています。
投資の話については、以前書いたこちらの記事にも我が家の姿勢を書いています。→投資リターンは才能でも運でもない|それは「我慢料」だと思っている
3. ハーバードの幸福研究が示す不都合な真実
以前にも紹介しましたが、やはり以下の有名な研究から得る示唆は何度も噛み締めるべき価値のあるものだと思います。
ハーバード大学が80年以上にわたって約700人を追跡した「成人発達研究(Grant Study)」です。この研究で導き出された結論は、研究者たちも驚くほどシンプルなものでした。
「幸福と健康に最も強く関連するのは、人間関係の質である」
財産、学歴、職業、投資リターン——どれも長期的な幸福度を予測する力は弱く、「親密な人間関係をどれだけ維持できているか」が圧倒的な差をつけていたのです。
子育て世代にとって、これは何を意味するでしょうか。
子供が小学生の今、この時間は二度と戻りません。子供が「一緒にゲームしよう」と言ってくれる年齢は、驚くほど短い。その時間を「NISA枠を埋めるために残業する夜」と引き換えることが、ハーバードの研究が示す「幸福」と一致しているでしょうか。
65歳や75歳時点で使いきれないほどの老後資金を貯めることには成功したけれど、10時間以上飛行機に乗って移動しないといけない海外旅行には行く体力がない、病気になって医療費以外のお金の使い道がないなんてことは十分に起きる未来で、その時に大事なのは 過去の楽しかった記憶 という資産です。
もちろん、投資も老後の備えも大切です。でも、「将来のためだから」という理由で現在の人間関係や体験を削りすぎていないか、定期的に問い直す必要があると思っています。
4. 「最適化」の罠——行動経済学の視点から
行動経済学に「アフェクティブ予測の失敗」という概念があります。人間は未来の感情を予測するのが極端に苦手で、将来の悪い出来事(老後の貧困など)がもたらす苦痛を過大評価し、現在の良いことがもたらす喜びを過小評価する傾向があるというものです。
これが「NISA貧乏」を生む構造の一つです。
「老後に2,000万円足りないかもしれない」という恐怖は非常に具体的でリアルに感じられる一方、「今夜子供と鍋を囲む温かさ」は曖昧で定量化できない。だから脳は自動的に、前者を優先するように判断を歪めます。
さらに厄介なのは、SNSが「他人の最適化された人生」を毎日見せてくれることです。「月10万円投資できた」「NISA枠を今年も満額」——こうした投稿は、見ているだけで「自分は足りていない」という感覚を植えつけます。
比較は幸福の敵です。 これは研究レベルでも、我が家の実感としても、間違いないと思います。
5. 我が家が「今を生きる」ために決めていること
偉そうなことを書きましたが、私も常にこの誘惑と戦っていて、かなり苦しんでいます(笑)
最近実践していることをいくつか。
① 「投資の自動化」で意思決定から切り離す 毎月の積立を自動化してしまえば、相場を見るたびに売買したくなる衝動が減ります。イラン情勢のニュースを見ても「どうせ自動で積み立てているから関係ない」と思えると、精神的に楽になります。
② 「今しかできない体験」に年間予算を設ける 教育費や旅行費など、「今年子供と経験したいこと」に意図的に予算を割くようにしました。金額までは決まっていませんが、旅行の計画など、この1年でやりたいことを子供と考えて予約を入れてしまう!みたいな作業時間を設けるのは大事かもしれません。将来のお金より先に確保する発想です。
③ 車の洗車や庭の手入れなど家事に没頭する.
家の中でテレビやYouTubeばかり見ていると情報過多で余計なことを考えてしまうので、意図的に情報に触れない時間を作るのは重要だと思っています。畑までやる勇気はまだ出ていませんが、庭にある芝生の草抜きを子供としたり、自然に触れている時間は非常に精神にいいなと感じて、時間があれば何かするようにしています。
これは逃避ではなく、「自分がコントロールできないことに精神エネルギーを使わない」 という合理的な判断だと思います。
まとめ
「将来の安心」のために今を犠牲にしすぎると、どこかで破綻します。それは財政的な破綻ではなく、「今日を生きた充実感」の破綻です。
- NISA貧乏は「将来への備え」が目的から手段に変わったサイン
- 地政学リスクは「常にある定数」であって、今日の幸福を削る理由にはならない
- ハーバードの研究が示す幸福の源泉は、投資残高ではなく人間関係の質
- 「今しかできない体験」への投資も、老後資金と同じくらい真剣に設計する
子供が「一緒に遊ぼう」と言っているとき、スマホで株価を見るのをやめる。それだけでも、かなりの幸福度は上がるんじゃないかと、我が家は感じています。
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